一般社団法人 日本ツーバイフォー建築協会

【新春エッセイ】小泉武夫さん

正月の伊勢エビ

正月の伊勢エビ

福島の生家の酒蔵に隣接した建物に母屋があって、そこには今でも横幅三間もある神棚がまつってある。正月になると、その中央に二つ重ねの大きな鏡餅を鎮座させ、その上にこれまた巨大で立派で長い髭を持った伊勢エビが餅を被うようにして飾られていた。真っ白い餅の上の真っ赤な伊勢エビは目に眩しいほど美しかった。ところがこの伊勢エビ、殻だけが飾られていて肝心の中身はない。
その理由は、もし蒸した伊勢エビを正月、松の内の間(元旦から七日、あるいは十五日)神棚に供えておいたのでは、腐ってしまう。貴重な縁起物を腐らせては逆に罰が当たるというので、神棚に供える前に蒸しエビから肉身をきれいに抜き出し、そこにちょうどまるように切ってつくった大根をめたのであった。
その伊勢エビから肉身を抜き取る役がずっと我が輩の役割であった。毎年毎年、暮れの三十日には「こんな結構な役得を独り占めできて、ああうれしいなあ」と思いながら、誰にも邪魔されることなく、巨大な伊勢エビをじっくりと賞味していたのであった。
今も正月には、東京の自宅の小さな神棚に、そう大きくないお供え餅と大きな伊勢エビを飾っているのである。伊勢エビは、近くのデパートで活エビとして売られているものを買ってきて、自分で蒸してから大根を詰めるのである。実にうれしいことに、妻も娘も孫も、伊勢エビに執着心がないので、蒸したエビは今もって我が輩のものなのである。昨年暮れの三十日に買った伊勢エビは、形も大きくそして実にうまかった。
長い髭を折らずに、大きな蒸し器で慎重に蒸し上げたそのエビを少し冷ましてから肉身を抜き出した。左手に頭部を、右手に胴尾部を持って、それを左右にねじるようにして力を入れて回すと、エビは頭部と胴部の付け根からポクリと音を立てて離れた。
すかさず頭部にスプーンを入れて、ドロドロとしたエビみそを余さず取り出し、胴の方は、腹側の膜を縦に切って、そこからホコホコとした丸いままの肉身をスポッと、殻から脱がすようにして出した。空になった胴には大根を詰め、頭部と繋ぎ合わせて完成。
抜き出したエビの肉身は、殻からそのまま抜け出した状態であったので圧巻だ。その真っ白で大きな肉塊に、頭部から取った黄金色のエビみそをべったりとつけて丸かじりをした。まず肉身が歯に応えてポクポク、シコシコとし、そこからとても上品な甘みと奥の深いうま味がジュルジュルと湧き出してきて、そこにエビみその重厚なうま味を持ったコクがトロトロと重なってくるので絶妙であった。年の暮れの大根エビづくりは、こうして楽しくてとても美味しい。

 

正月の数の子

正月の数の子

数の子は、にしんの胎卵を乾燥するか、塩漬けにしたものである。鰊から卵巣を取り出し、海水を満たした容器で一昼夜浸した後、形を崩さぬようにすくい上げて、簀の子にひろげ、淡水を注いで汚物を洗い去り、水切りして塩蔵し、一週間ほどしてから乾燥する。
鰊が多くとれた時には、飢饉ききんの際の救助用に蓄えたり、タンパク質やビタミンが豊富なところから、滋養強壮食にしたりして、日本人に重宝されてきた。卵の数が多いから、子孫繁栄の縁起ものとして、新年の献立に欠くべからざるものとされている。日本の料理や食べものには、口当たりの軟らかいものが多い中で、卵膜特有の硬さを上手に生かして、嚙むと、心を弾ませてくれるような破裂音が、口いっぱいに広がる。こうした数の子は、日本料理の中では、異色の食材ということができる。
さて正月の数の子料理は地方によってさまざまな方法がある。例えば北陸地方では甘露漬と称して乾カズノコ山盛一升に醬油一升、酒一升、麴一升の割で合わせた中へ漬け込み、ベッコウ色になったのを賞美する。これは乾カズノコを微温湯でごしごしと洗い、水には浸けないのが口伝で、漬け込んだらよく密閉して約二十日後から食べる。そのため仕込みは十二月十日ごろとなる。
また、昔は北海道の特産にカズノコ昆布と名づけた珍しいものが正月に多く出された。鰊が産みつけたままの昆布を採取乾燥したものであるが、水に柔らげたのを適宜に切って酢の物などにすると、珍味として大いに喜ばれた。
全国的には、新年用の献立に数の子を加える場合は、一年に一度の行事だからなるべく優良な乾燥品を選び、二週間以上二十日くらい糖水につけてもどすとよい。そうすると容易に周囲の筋がとれるから、適宜に割いて洗い上げ十分に水を切ってから、カツオブシを加えて煮出した土佐醬油をひたひたぐらいにかけ、二~三日よく含ませてから、削りたてのカツオブシをかけて食べるとうまい。


農学博士 小泉 武夫さん

小泉 武夫(こいずみ たけお)さん

農学博士、特定非営利活動法人発酵文化推進機構理事長。
1943年福島県の酒造家に生まれる。醸造学・発酵学・食文化論を切り口に、教育機関、新聞・テレビ・雑誌で食の楽しみと大切さを訴える。
東京農業大学名誉教授、鹿児島大学客員教授のほか、多数の教授職や政府の委員・研究員を歴任。